残暑お見舞い申し上げます
         〜789女子高生シリーズ
 


     


 彼女らが身を寄せていたのは、久蔵殿の内緒のお友達とやらの名義の別宅で。

 『久蔵にも、結構 色んなお友達がおいでだったのですね。』

 すっきり片付いてはいたが個性のないお部屋は、七郎次や平八は知らないクチの、ちょいと大人なお知り合いのお部屋だとのこと。ご両親はともかく、兵庫殿に突き止めにくい逃げ込み先ってありますかと問うたところ、ちょこっと考え込んでからどこやらへ電話を入れの、頷いた久蔵が案内してくれたのが、都内の閑静な一角にあったデザイナーズマンションのこの一室であり。だからこそ隠れ家にと選んだのではあったが、バレエの方面でのお知り合いでもない、何より同世代の子じゃあない知己というもの、彼女にも居たんだという事実が思わぬ格好で知れたのへ、

 『何か寂しいって思うのは勝手でしょうか。』

 白百合さんが溜息混じりにこそりと零したのへと、ひなげしさんが微妙に呆れつつ、こんな一言を呟いた。

 『……シチさん、それってお母さんみたいですよ。』

  まあ、それはともかくとして。
(苦笑)

 榊せんせえこと、兵庫殿が島田警部補を訪れたのは。警備会社の精鋭二人を伸した上で、あっさり撒いての姿を消したお嬢様たちの行方、一刻も早く探し出すのを手伝ってもらうため。姿を見失ったという報告を受けた兵庫が大慌てで探したのは言うまでもなかったが、自宅に戻ってました、なんてな単純な仕儀ではなく、各々の家や心当たりのどこにもおらず。青ざめかかっていたところへ、向こうから掛かって来たのが、合成声による一本の電話。

 【 久蔵お嬢様は預かった。
   返してほしくば、探してごらん?
   もう此処からは動かないから、難しくは無いはずだよんvv】

 口調の大ふざけなところから、やはりあいつらかという目処はあっさり立った。彼女らが言うには、これはシュミレーションの1つだそうで。仲良く振る舞ってた連れのお嬢さまがいきなり攻撃してくるなんて誰も思わんわと怒かった兵庫さんへは、

 『あらでも、三木さんチの令嬢を某所まで連れて来いと、
  例えばアタシらが間接的に脅されていたらどうしますか?』

 『なに?』

 『ですから。例えば家族を人質にとられていて、
  久蔵との友情も大事だけれど、ごめんね非力な母上の方が心配なのと、
  身を裂かれるような想いで繰り出した正拳突きだったと。』

 『……おいおい。』

 そういった言い訳を聞くべく、まずはと隠れ家を探すのに、榊せんせえはどうしたかといえば。電話の発信先は久蔵の携帯からであり、非通知扱いにもなってはいなかったものの、

 「あ〜〜〜、兵庫さんずるい。」
 「勘兵衛様の手を借りるなんて、万能過ぎるじゃないですか。」
 「て〜い、やかましいっ

 携帯電話がどこから掛かって来たものかなんてこと、そこの米侍でもなけりゃあ、素人がそうそう弾き出せるはずがなかろうがっ。

 「でもでも、じゃあ警察が出てくるなんて、やっぱり反則なんじゃないですか?」

 せいぜいQ街を管轄にしている所轄の警察が出てくるくらいかなと、そこの部分は甘く見ていたらしく。愛しの勘兵衛様が、隙なく着込んだスーツ姿も男らしく、堂々とお出ましになったのへは少々鼻白んでしまったらしき、七郎次お嬢様が不平を鳴らしたが、

 「仕方がなかろ。」

 それへは その勘兵衛本人が、苦笑混じりに応じて下さり。

 「本来なら、正式な事件として捜査を始めねば、通信関係への協力も仰げぬのだ。」

 携帯からの電話は、発信しながら移動されると居場所を突き止めるのが難しかったのも昔の話。今時の、圏外ゼロを目指しておいでのシステム下では、電波が経由した中継塔の場所がずんと細かいエリアで割り出せるので、衛星によるGPS並みの正確さは無理でも、大体の位置なら結構割り出せもする。ただ、そういった通話記録など通信にかかわる情報はあくまでも個人個人の許可なくいじれぬ持ち物なので、間違いなく事件性があると見なされた事案に対し、検察経由の許可が出た上でないと、いくら警察の人間であれ、そうそう無差別に覗けるもんじゃないのもまた当然な話で。

 「あ、じゃあどっちにしたって無許可じゃないですか。」

 ついのこととて 誘拐事件として成立させてないんでしょう?と平八が訊くのへ、

 「電話会社に協力は仰いでないさ。」
 「答えになってません。」

 知り合いでそういうのが得意なお人に、PCか何かで割り出させたんでしょう? そうだと判るということは、お主にも可能なことだって訳だな。

 「いやさ、自分でもやったことがあると?」
 「う……。」

 語るに落ちたなと言わんばかり、精悍なお顔をちょっぴり意地悪な笑みでほころばせ、ふふんと微笑った勘兵衛だった…のだがだが、

 「〜〜〜〜っ。」
 「判った判った。お主のためにやったことだと言いたいのだろう?」

 平八と勘兵衛、二人の間へ久蔵が両腕を広げて割り込んで来て。お友達のひなげしさんを、身をもって庇うという格好になった紅バラさんだとあっては。大人げない言動なぞ今更な話、指摘されたくらいで辟易なぞせぬ厚顔さが売りの大タヌキの警部補殿も、さすがに苦笑が絶えぬと見えて。

 「確かに非合法な手を使った。
  だから…というのは ちと順番がおかしい話だが、
  今回は特別、兵庫殿に免じて、お主らの所業を何だかんだと咎めはせぬさ。」

 「……勘兵衛様、大威張りで言うことじゃないです、それ。」

 佐伯さんのツッコミが入ったところで、何だかややこしい騒動は、ややこしいままに幕を下ろしたそうじゃった。




   ……………で、終わっていれば世話はない。



 久蔵へと付けられそうだったSP、護衛の方々という事態へ、彼女らが見せたささやかな(?)反抗ぶりは、彼女らの側からも“じゃそういうことで”と片付けていい話ではないらしく。誰の家とも判らぬままの静かなセカンドハウスにて、少女らと大人の対峙はもうちょい続く。シンプルなデザインのソファーへそれぞれが腰掛けて向かい合ったのが、片や久蔵と七郎次、片や兵庫と勘兵衛で。平八はこういう話は苦手だと白々しく言い残し、キッチンで飲み物なぞをと、カチャカチャ支度を手掛けていたりして。そんな物音のみが静かなフロアに響くだけだったものの、

 「そも、どういう説明をして付けた方々なのですか?」

 七郎次が、まずはの口火を切ってくる。

 「まさか、危ないことへ首を突っ込まぬよう、
  首に縄掛けてでも制してくれとでも言いましたか?」

 「それは…。」

 自覚はあったのだなと突っ込む余裕もないままに、兵庫殿が口ごもる。そういうお転婆だからと、言っても信じてはもらえまいという杞憂もあってのこと。危険が降りかからぬよう気を配ってほしいと、そうなれば自然と…同時に危険な事態に関わるどころじゃあない段階から、彼女を遠ざけもするだろと思った兵庫だったらしく。

 “そもそも、女子高生を相手にそんなことを真剣に案じないって。”

 兵庫への付き添いとはいえ、勘兵衛だけでの行動というのは刑事の基本から外れるのでと、一応付き添って来た佐伯さんが、彼らの事情を知っていても尚、その内心にて呆れたのは言うまでもなかったが。
(苦笑) それはそれとして、

 「自分のことは自分でと、まずは最初に学ぶものですよね?」

 生来のことか、努力にてのし上がった結果かにも拠るかも知れぬが、それなりのお立場のお人ともなれば、瑣末なことは秘書だの傍らづきの人だのに任せるもの。その人にしか出来ないことをこそ優先してほしいからで、そういった理屈も重々判っちゃあおりますが。そういった、立場や任務・義務に関わることならともかく、自身の身の処しように関することともなると、

 「話は別、なんじゃあありませんか?」

 それが王族だの政治家だの、民や国なんてな大きいものの中枢を動かすほどの“公人”ででもあるんなら、それもまた仕方がない定めなのかも知れないが、

 「私たち、まだまだ幼い女子高生ですし。」

 ここでそれを持ち出すのはちょいと虫が良すぎるのではなかろうか。はたまた、悪いジョークでしか無いぞと、兵庫殿が忌々しいというお顔になって細い眉を寄せ、その付き添いという身の壮年殿が、骨太な作りがいかにも重たそうな大きな拳を口許へ寄せ、くくっと短い苦笑をこぼす。

 「何を背負っているでなし、
  そんな身の自由を束縛されたとでも言いたいらしいな。」

 「な…っ。」

 自分のしいた対処をそうと解釈されたのは心外か、兵庫殿が何かしら言いかかったものの、

 「久蔵殿とて、監視をつけられたとまでは思っておりませぬ。」

 その懐ろへ掻い込んだ格好の、口下手なお友達に成り代わって、七郎次が滔々とそう語る。

 「全ては彼女の身を案じての配慮、なのでしょう?」

 そこは重々判っておりますよと続け、久蔵自身も顔を上げ、しっかと頷いて見せて、

 「ただ。」

 何と言えばいいものか、少々言葉に詰まった七郎次だったのへ、

 「人を頼るのは性に合わぬと?」
 「そういうところでしょうか。」

 勘兵衛からの誘い水のような言い回しへ、頬へと微笑を載せ、ええと嫋やかに頷いた。腕っ節への自慢だの度胸だのという次元の話だけじゃあなく、

 「大体、警備員なんて付けたなら、その人の意図だって出ないと限りません。」
 「? それはどういう意味だ?」
 「榊せんせえだとて、
  アタシらの特殊なところまでは彼らへ話してなかったのでしょう?」
 「…それは。」

 単なるお嬢様だという把握しかないのなら、人によっちゃあ過度な守り方だってしかねない。それによって行動を束縛されでもしたらそっちの方が大迷惑だと言いたいらしい彼女らで。これへは、スマートなグラスへ炭酸も爽やかなライムスカッシュを作って来た平八も、大きに同意ならしく、

 「現にあの方々だって、随分と壊れ物扱いでしたものねぇ。」

 はいと、壁際に立ったままで話の成り行きを見守っていた佐伯さんへもグラスを渡しつつ、そんな言いようを重ねたひなげしさんだったりし。

 「そして、そんな方々である以上、
  何かが降りかかって来たとしたならば、
  アタシら、やっぱりこんな行動を取りかねないということですよ。」
 「な…っ。」

 守りの男衆をまずは黙らせるべく全力で薙ぎ倒すとの、勇ましい宣言をした白百合さんに引き続き、

 「そりゃあ? 傍らにおいでなのが、
  ゴロさんや榊せんせえ、はたまた勘兵衛さんだったなら、
  こうまで乱暴な振る舞いは致しませんが。」

 頼もしいと判っている男衆が相手なら、そこはちゃんと大人しく守っていただきますよと言いたいか。その割には、愛らしくも白い腕を、だのに雄々しくも胸高に組んで、ひなげしさんがふふんと笑い、

 「なので、そこんところを見極めなきゃあ話にならない。」
 「………。」

 すっぱりと言い切られたことのみならず、コトの運びの中心人物である久蔵のみ、口を開いちゃいないままだが、その態度を見ていれば…所謂“口ほど”に物を言ってそうな“うんうん”という頷きを、どれほどのこと繰り出しておいでか。微かなものまで細かに判る榊せんせえにしてみれば、そっちの反応もまた、相当に堪えておいでなようで。そんな令嬢の肩へと手を置き、

 「つまり、今回のわたしたちの“ご乱心っぷり”ってのは、
  彼らがどれほどの臨機応変が利く身なのかを試させてもらったようなもの。」
 「………。(そうそう・頷)」

 信頼関係が築けてないんじゃあねぇと、しゃあしゃあと言ってのけるお嬢さんたちであり。

 「…だが、前世の記憶があったとて。」

 今のお前らはか弱き女子高生だろうが。ええ、ええ、か弱い身を案じておればこそ、大人しく守られる立場というのへ慣れろと言いたい榊せんせえなんでしょけれど。

 「せめて記憶が戻る前にそうと運んでてくだされば、
  要領ってものを身に染ませてもおけたでしょうが。」

 例えば、フォークなどのカトラリーをうっかり落としたならば。自分で拾わず、給仕の方を呼んで拾ってもらうのが正式なマナー。気の置けぬファミレス辺りにいるときは引っ張り出さずともいいことながら、それなりのお家柄の令嬢には必要な作法や所作でもあって。それと同じように、そう…そういうことが自然とこなせるのと同じように、非常事態にあっては…当人の体力や反射はさておき、警護担当の人がいるなら任せるようにという割り切りというか判断というか。いちいち立ち止まって考え込まずともこなせるレベルになっておればともかく、

 「いくら、先々で要りようなものだとはいえ、
  今のアタシらに、それもいきなり、警備のお人を付けられてもね。」

 「せめて“頼れる人なのかなぁ”ってところくらいは
  試させてほしいと思っちゃうってもんですよ。」

 「〜〜〜〜お前ら

 いかにも今時の女子高生っぽい、物言いのちゃっかりしたところに誤魔化されちゃあいけない。確かに今の肩書は、非力で未熟な“女子高生”には違いないが、中身はといや、かつての前世では手を焼かされまくった老練狡猾なもののふ、島田勘兵衛の片腕、頼もしい古女房だけあって…というべきか。向こう見ずなところを正してやろうと構えていたはずが、気がつけば…乙女心などなどからは大きく遠い話、理にのっとった対処を取ったまでですよぉと、見事なまでの理論武装をご披露されている始末。

 「そ、そうと運ばれたなら…お前らほど勘のいい武人はいなかろうからっ。」

 今時の警備のノウハウをきっちり叩き込まれてるプロを当てたとしたって、何かにつけ難癖を付けるに決まってる。感覚的に合わないとまで言い出しかねない…と言いかかり、

 「それってもしかして、」
 「榊せんせえご自身の体験談なんじゃあ?」
 「う……。」

 これはさすがに、勝負有りというところでしょうか。とうとう言葉に詰まってしまった兵庫殿だったのへ、

 「……。」

 やっとのこと白百合様の懐ろからその身を剥がした紅ばら様、萎えたように力を落とした主治医殿のその両肩へ、細い指が愛らしい真白い手をそろりと置くと、

  ぽんぽん、と

 慰めるように励ますように、軽く叩いて差し上げたのが、


  「………………。」×@


 そこへ居合わせた皆の間に、何とも複雑微妙な“間”を呼んだ、一連の大騒ぎの今度こその“幕切れ”だったそうな。









    おまけ


「お主らしくない段取りだったの。」
 「どういう意味だ。」

「いっそ女性をつければよかったのだ。護衛ではなくお目付け役として。」
 「…お目付け役?」

 数日後の八百萬屋、離れ家のカフェバーにて。こたび振り回された格好の兵庫と勘兵衛が、その顛末を五郎兵衛へも一応伝えておこうと、こそりと顔合わせをしたことは、お嬢さんたちにも極秘の内緒という仕儀であり。

 「ああ。
  何かあったとしても、身を乗り出すのではなく、
  令嬢らしく立ち居振る舞いを上品に保てとか。」

 そうと運ぶよう、巧妙に煽って持っていっておれば良かったのだと。そんな助言をする勘兵衛だったのへ、

 「ロッテンマイヤーさん作戦だの。」

 すかさずのように五郎兵衛が合いの手を入れ、肝心な兵庫殿はといや、

 「〜〜〜〜〜〜。」

 苦虫を咬みつぶしたようなお顔になっただけ。ぐうの音も出ぬかと苦笑をしてから、ますますの詳細を説いて聞かせる警部補殿であり、

 「久蔵本人ではなく、
  親御や日頃傍らにいる大人が恥をかくのだという方向へ持ってゆけば。」
 「そうか、そういう角度からの拘束ならば、
  あの行動力へもガードが掛かって押さえられるというものかも。」

 さすがは勘兵衛殿だの。?? 何か褒められてはいないようにも聞こえたが。
(笑)

 「だが、このくらいならば兵庫殿でも思いつくと思うたが。」

 「うう……。」

 「まま、勘兵衛殿。
  兵庫殿の場合、幼い頃から久蔵殿の傍らにいたのだ、
  そういうところに我らとの差異があっても仕方があるまい。」

 むしろ、女性をつけると意識し過ぎて緊張したあまり体調を崩すかも知れぬとか、我らには判らぬ呼吸の方をこそ御存知だったのだろうさねと、宥めるようなお声で言って。それと、と、言葉を区切り、よくよく磨かれたカウンターへ、ギムレットのグラスをことりと置いて、

 「何より、そういう方向の窮屈は味あわせたくはなかったのだろう?」
 「う…。」

 五郎兵衛から、にこりと頼もしい笑みを向けられて。ぐうの音も出ずという口ごもり方をするからには……まったくもってその通りであったらしい。そんな彼らのやり取りを聞きつつ、

 『でも、久蔵殿って大事にされてますよね。』

 騒ぎのあったその日の夕刻。家まで送ろうと車を出したその途上、思わぬ同座に、実はずっと ときめいていたらしき白百合さん。二人きりになれたはいいが、直前までの凛々しさはどこへやら、真っ赤に頬染め、胸元押さえて俯いていた乙女ぶりの愛らしかったこと、比するもの無く。そんな様子へ、何ともいじらしいことよと こそり微笑っていた勘兵衛へ、そんな一言零した、白皙の美貌をたたえたお嬢様。だからって子供扱いは困りますがとでも言いたかったか、語尾を濁した七郎次の見せた、それは愛らしかった含羞みの横顔と小声とを。ついつい思い出してこそりやに下がっていた誰か様だったのは、群雲を透かす上弦の月だけが見澄ましていた秘密……。








   〜Fine〜  11.08.06.〜08.10.


 *一応、念のために申告しておきますが、
  わたくし、警察ドラマやクライムサスペンスは好きですが、
  せいぜい『CSI』や『SP』を観ていた程度。
  専門的な“警護”のノウハウとか、
  一切知らないで書いてますので、
  そんなアホなという対処満載だったでしょうが
  どうかご容赦を。

 *ややこしい活劇ものを繰り出しましてすいません。
  でもでも、そろそろ
  大人陣営の方からの対策も出ないものかと思いましてね。
  兵庫さんがとうとう業を煮やして
  果敢にも挑戦してくれましたが、
  こういう結果に終ったようで。
  なかなか手ごわい彼女らです、ホンマに。


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